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5:50
Macをカスタマイズして買うと出荷に1週間ほどかかる。
出荷は中国からで、出荷後も届くまでに数日かかる。
昨日メールが来て、届くのは13日ということだ。
プチッとしたあと、気分はあまり盛り上がっていない。
今使っているiMacと買ったiMacは、外観は同じ。
処理速度が速くなり、画面が綺麗になっているということだが、さて実感ができるかどうか?
今使っているMacのバックアップから復元するつもりだったが、一からし直そうかとも考えている。
他にすること、考えることがないから・・・
今使っているMacは、もう何台も前から復元を繰り返している。
必要のないファイルなどがたくさん溜まっているだろう。
それで容量が増え、動きを遅くする・・・と言われている。
パソコンはおもちゃだと思っている私は、それなりのこだわりを持って仕上げている。
操作ごとに鳴る効果音は、女性の声で言葉に変えている。
デスクトップは6面作って、違ったアプリをそれぞれ割り当て、常時起動させている。
ネットブラウザとメール用のデスクトップ。
音楽やテレビ用のデスクトップ。
カレンダー(予定)・メモ・リマインダ用のデスクトップ。
アプリを使う作業用のデスクトップ。
LINEなどのSNS用のデスクトップ。
ウインドウズ用のデスクトップ。
Macを使い出して20年余りになるが、コンセプトは変わっていない。
機能拡張の為のアプリはフリーのものをずっと使い続けているものがいくつもある。
こんなことだから、うつを招いた・・・
そう言われそうだ・・・
40歳前に初めて学級担任を外れて、それまで一日24時間では足りないと思えるほど仕事をしてきたのに、することがなくなった。
その時、仕事の仕方をうまくコントロールできず、うつがやって来た。
することがなくなったので、パソコンでも始めようと思った。
当時はまだパソコンを使う一般人はほとんどいなかった。
ちょうど一体型のMacが発売された頃だ。
内蔵ハードディスク160MB、メモリ8MB、画面は10インチ。
今では、ハードディスクは百万倍、メモリは千倍ほどになっている。
当時のMacOSは「漢字トーク」と名付けられていて、システムの奥のファイルまで日本語表記されていた。
何がどこにあるか、わかりやすかった。
インターネットを始めたのは、比較的遅かった。
ダイヤル回線の電話につないで、ストップウォッチを片手にネットをしていた。
画像一枚を表示するのに、何分もかかっていた。
それでも、地球のどこかのパソコンにある画像が自分の家で写っていると思うと、ワクワクした。
10年ほど経って、学校にパソコンが導入されることになった。
パソコンを使っている職員は、全くと言っていいほどいなかった。
パソコン室が新設されたが、子どもを連れて行って授業ができる教師はいない。
「壊したら大変」、それが教師間でネックになっていた。
「ソフトが壊れても、復元できる」「パソコンはバットで殴らない限り壊れない」などと力説していた。
「とにかく子供をパソコン室に連れて行って、ゲームをさせてください」
「先生も一緒にゲームで遊んでいていてください」
「何かあったら、私を呼んでください」
教室で授業をしていると、何度もお呼びがかかった。
子どもに指導するだけでなく、教師の仕事にもパソコンを使うことが要求され始めた。
教師用のノートパソコンが何台も職員室にやってきた。
やっぱり「壊したら大変」はネックになっていた。
1年間で、放課後の職員室で皆がパソコンに向かっている姿ができた。
よその学校から放課後用事でやってきた教師はその様子を見て、驚きの声を上げていた。
その年の年度替りで、校長が自分の方針に合わない教師をたくさん転勤させた。
新年度になった職員室の放課後、パソコンを使っている教師は半分以下になっていた。
絶望感に近い心境になった。
うつが、酷くなった。
転勤して行った先輩同僚が、「転勤先で俺はパソコンができると言われている。君のおかげだ。」と言ってくれたことは救いだった。
こんな、自慢話を振り返っている。
過去の栄光にしがみつくしか、今の自分を認められない。
うつが始まったのとパソコンを始めたのは。ちょうど同じ時期。
パソコンがうつの原因の一つになっているのか?
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